患者と医師との距離

ある医学雑誌の以下の記事に目が止まりました。
内容を理解していただくのにはある程度の長い引用が必要となります。
1分だけお付き合い願います。

<題名>
患者が亡くなったのと同時に医療従事者の役割は終わるのか?


<記事内容>
緩和ケアについて本誌(2007年2月号:現代の米国事情)でふれた際、
Cureを目指す急性期病院でもCare・Comfortが大切であり、治癒と
緩和を二項対立に考えるべきではない、というパラダイムシフトを紹介した。
今回は患者死後の医療従事者の対応について書きたい。
 
病院ごとに死亡した患者への対応はさまざまかもしれない。筆者自身調
査したわけではないが、スタッフが病院の霊安室で焼香したり、遺体が病
院から出るのをお見送りすることが多いだろう。
しかし葬儀に参列したり、お悔やみの手紙などを出すことは少ないのでは
ないだろうか。
19世紀米国では医師が遺族にお悔やみの手紙を書く習慣があったそうだ
(The Doctor’s Letter of condolence. Bedell et al.
New Engl J Med2001;344:1162~1164)。
ところが最近のある調査によれば、お悔やみのカードや花を贈ったり、葬儀
に出席するのは医師でわずか10%であるという。
医師の対応がこのように変化した背景には、「日常診療で忙しい」とか、「患
者のことをよく知っていたわけではない」と感じる場合や「患者を失った敗北
感」があるのかもしれない。
患者の死後に遺族とコンタクトを持つことは、医療従事者としての一線を越
えてプライバシーの領域まで踏み込んでいることになる、という意見もあろう。
また、たとえお悔やみの気持ちを表現したくても「なんと声をかけてよいか分
からない」という心情もあるのではないだろうか。
実際、遺族へのケアの仕方を習う機会は少ない。

(途中省略)

お悔やみの手紙の書き方をアドバイスする記事が2007年4月号のChest
に掲載された(A Dying Art?,The Doctor’s Letterof  Condolence.
Kane GC. Chest 2007;131:1245~1247)。
手短で十分であり、手書きで真蟄に気持ちを表現する。
故人についての具体的な性格や特徴,事例に触れ、家族らの献身的看病に
言及する。
トラブルを避けるために、あまり医学的な事項に立ち入らないことも重要だそ
うだ。
タイミングも難しい。
亡くなった直後は葬儀などで忙しすぎるかもしれない。
ある先生は四十九日が過ぎてから焼香に行くという。
あまり時間がたち過ぎると「いまさら遅い」と思われるかもしれない。剖検をさせ
ていただいた場合には、最終結果報告が完成するまで時間がかかることもある。
千葉県の亀田総合病院にはチャプレンが勤務しており、関与した患者の家族に
"Sympathy Card"を送っている。
家族から感謝されることが多いという。
19世紀の米国の医師はその土地の名士として葬儀に参列することも不自然で
はなかったのかもしれない。
しかし医療機関が専門技術を結集した施設になるにつれ、医師や医療機関と地
域住民との距離感も離れてしまったのかもしれない。
患者が生きているうちに、きちんと診断・治療することが重要であることは間違い
ないが、残された家族への関与のあり方は考えてもよいかもしれない。
読者のご意見を伺いたい。

      (手稲渓仁会病院総合内科・金城紀与史)

August2007 VoI3. No8 MMJ  675


ここまで読んでいただいてどのような感想を持たれたでしょうか?
また書かれた金城先生は実際はどのようにしてみえるのでしょうか?
この中では触れられていません。

実際には日々の忙しい診療の中、そんなこと考えたこともないという方も
多いと思います。

「読者のご意見を伺いたい。」ということですから、少し思ったことを書かせ
ていただきます。

1)患者との距離もあり一律には論じられない。
  医師も人間である限り、診療は公平を期しても、それとは異なるz(公平)
  とはいえない感情もあり得る。
2)この距離感は医師の性格、考え方や人生観も関係して来る。
3)勤務医と開業医とでは当然対応は違う。
4)一期一会の救急医療と、慢性疾患で入退院を繰り返して人間的関係が
  形成されている場合とでは明らかに違う。
  すなわち、診療科目で既に違ってくる。
5)自然に湧いた感情にゆだねるべきことで組織的に強制されるべきもので
  はない。
6)手紙を書くことでさえ、過度な行為と考えられて好意が仇となって医療訴訟
  につながるケースが逆に起こるかも知れない。
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個人的な体験を少し述べます。
随分昔の話で恐縮です。
卒後3年目ぐらいで、ある病院のある科にローテートしました。
部長はとことん患者のすべてに入り込むタイプ。
その科の医長は私にその部長の接し方に対して、「医師はある程度の患者との
距離感が必要と思う。」と言われました。
その時には、確かにそうだと思いました。
そして齢を重ねた今もその考えは変わっていません。

また卒後10年で出会った上司は同じように患者さんと家族ぐるみの付き合いや
ゴルフ、飲食をするタイプ。
病院長就任の際には、患者さんにこんなことをして貰いました

この先は省略します。

結論として、自分の気持ちに正直に行動すればよい、ということでしょうか。
亀田総合病院のような第3者的なチャプレンが送るというアイデアは素晴
らしいと思いました。
個人名ではなく組織名で出すならば私も抵抗ありません。

投稿に書かれた重い内容は忘れないようにしたいと思います。

<追記>
病理解剖については、勤務医の際、常に心にひっかかっていたことがあり
ます。
文中にあるように病理の結果報告を遺族にする必要があるんじゃないかと
思いながら葛藤していたことです。
勤務医の皆さんは、解剖後病理の結果を遺族に報告してみえますか?

読んでいただいて有難うございました。


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by esnoopy | 2007-08-31 07:04 | その他
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