"World Voice ― 世界のうつ病診療の今"
高齢期のうつ病―その特徴と治療戦略 高齢化は先進諸国に共通した社会問題であるが,特にわが国では近年高齢化が著しく,総務省統計局の調査によると2020年までには高齢者(65歳以上)は総人口の約25%を占めるだろうと予測されている。 このような状況のなか,高齢期うつ病への早期介入は今後ますます重要性を増し,社会全体として取り組むべき課題となりつつある。 先に大阪で開かれた第13回国際老年精神医学会(IPA)に招待講演のため来日されたアリゾナ大学精神科主任教授のAlan J. Gelenberg氏をお迎えし,高齢期におけるうつ病の特徴と治療戦略を中心にお話しいただいた。 高齢期と壮年期のうつ病に本質的な違いはない 高齢期うつ病(late-life depression)はいわゆる壮年期うつ病(mid-life depression)とどのような違いがあるのでしょうか。 Gelenberg 高齢期うつ病と壮年期うつ病に本質的な違いはないと考えています。 興味・関心の減退,自信の喪失など,うつ病の基本的な特徴は同じです。 あえて違いを挙げるとすれば,壮年期うつ病の場合,患者さんが落ち込んでいると周囲が様子の変化に気付きやすいのに対して,高齢期うつ病の場合,家族や医師が,抑うつ状態は加齢に伴う不可避の現象であると考えてしまうことです。 しかし,高齢期うつ病は年をとったことが抑うつ状態を引き起こしたのではなく,うつ病という疾患に罹患してしまったことが原因で抑うつ状態に陥っているのです。 このごく単純な事実が,高齢期うつ病ではなかなか理解されていないという問題があります。 高齢期の抑うつ状態は,加齢による単なるエネルギーの減退ではなく,うつ病という疾患の関与を念頭に置く必要があるということですね。 Gelenberg そうです。 高齢期の抑うつ状態を自然経過と捉えるのはとても危険なことです。高齢期の抑うつ状態はうつ病をはじめ,認知症,脳血管障害,脳腫瘍など,さまざまな脳の病気のシグナルである可能性もあるのです。そのため,高齢期の抑うつ状態に早期に気付くことはもちろんのこと,器質的疾患の関与を完全に除外できるだけの十分な検査を行う必要があります。 脳血管障害や脳腫瘍の可能性はMRIやPETなどの画像診断により鑑別できるのですが,特に難しいのが認知症との鑑別です。 特に初期においては両疾患の症状は,例えば記憶力・集中力の低下,感情の喪失などの症状が一見すると確かに似ています。 そのため,抗うつ薬による薬物治療への反応性を見ることも有効な方法の1つです。高齢期うつ病の場合,薬物への反応性が悪く,反応が認められるまでの期間も長くかかるため,薬物への反応性をみることが認知症との鑑別に有効な方法とはいえないのではないかという意見もありますが,寛解に至る可能性に年齢が影響を及ぼすというエビデンスはないため,高齢者というだけで治療反応性が悪いとか治療期間が通常よりも長期になると考える理由は存在しません。 高齢期うつ病診療におけるプライマリ・ケア医の役割 日本ではうつ病と診断された患者さんの約90%はまずプライマリ・ケア医による診断を受けています。米国におけるうつ病の受診状況はいかがでしょうか。 Gelenberg 正確な数字はわかりませんが,米国でもうつ病患者さんの多くが初診でプライマリ・ケア医を受診しているという現状は同じです。 この問題には,プライマリ・ケア医のほうが受診しやすいということに加えて,精神科医の数がたとえ大都市であっても十分ではないという現状も関係していると思います。 そのため,多くのうつ病患者さんは,精神科を訪れる前にまずプライマリ・ケア医や精神科以外の一般診療科を受診しているのではないでしょうか。実際,米国における抗うつ薬の処方のほとんどは一般診療科の医師によるものです。 プライマリ・ケア医や一般診療科医が精神科領域の問題に積極的にかかわるためのプログラムや啓発活動は米国で実施されていますか。 Gelenberg 期待した結果が得られているかは別として,そのようなプログラムや啓発活動は積極的に行われています。 例えば,私も作成にかかわりましたが,米国精神医学会(APA)と米国医学会(AMA)が共同でプライマリ・ケア医のためのうつ病治療ガイドラインの改訂版を作成しています。 改訂版はいつごろ出版され,またどのような点が変更されるのでしょうか。 Gelenberg 出版は2008年中あるいは2009年の前半になる見込みです。 現在はまだエビデンスの収集段階ですが,収集されたエビデンスは世界的に著名な専門家チームがうつ病治療に関する文献をレビューし,STAR*D(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)試験をはじめとする最新のデータを反映したものになるでしょう。 具体的には,治療戦略上,適切なタイミングで定期的に(例えば4~6週間ごとに)症状を評価し,治療の変更が必要かどうかを検討することがリコメンデーションに盛り込まれるのではないかと思います。 また,治療の変更が必要となれば,用量調節なのか,もう1剤追加するのか,薬剤のスイッチングなのか,という検討が必要となるでしょう。 日本では1998年以降,年間の自殺者数が毎年3万人を超え,そのうちの約40%は65歳以上の高齢者という報告が厚生労働省より発表されています。これについて米国の状況とあわせてご意見をお願いします。 Gelenberg 高齢者の自殺のリスクが高いことは歴史的にみた事実です。 特に1人暮らしの高齢男性は自殺に対してハイリスクであることも明らかにされています。 米国における高齢者の自殺者数が今後どのような傾向をたどるのかは今のところわかりませんが,米国でもベビーブームの時代に生まれた年齢層が今高齢期の年代に達してきており,高齢化は確実に進行しています。 高齢期うつ病の診療におけるSSRIの位置付けと使用に伴う注意点 高齢期うつ病の治療において薬剤選択のポイントと留意点についてお聞かせください。 Gelenberg 高齢期うつ病では,やはり身体的脆弱性が高いため,忍容性が認められているSSRIやSNRIが第一選択薬として位置付けられると思います。 これらの薬剤を投与する際に重要な点は,寛解に至っても服用を中止しないことです。 特に高齢者では再燃・再発を繰り返しやすいため,通常,最初のエピソードから少なくとも1年,さらに維持療法として最低2年は服用を継続すべきだと私は考えています。 日本では自己判断で服用を中止してしまったり,少し症状が改善すると「用量を減らして欲しい」と訴える患者さんが少なくありません。先生は日常臨床でこのような場面に遭遇した場合,どのように対応されていますか。 Gelenberg 米国で現在改訂中のガイドラインでは最初のエピソードでも,少なくとも6か月から2年は寛解に達した用量で服用を継続するよう勧告することになります。 患者さんが薬の服用を好まないのはどの国でも同じです。 例えば,高血圧の場合でも脳卒中などの終末的疾患の状態にまで病状が進展しないかぎり,「高血圧の症状」というのは自覚しづらいものです。 そのため,患者さんはなかなか薬の服用を継続しません。これと同じことがうつ病でもいえます。さらに高齢者は高血圧や糖尿病など,1人で何種類もの身体的な基礎疾患に罹患していることも少なくありません。 この場合,既に身体疾患の治療薬を服用しており,ここにさらに抗うつ薬が加わるとなると服薬アドヒアランスを維持するのは大変なことだと思います。 それゆえ,服薬アドヒアランスの高い薬剤を選択することも患者さんの治療継続のためには必要な要素であると考えています。 最初に処方した薬剤を12週間継続しても十分な反応が得られない場合,先生はスイッチングを示唆されていますが,SSRIどうしであればどの薬剤へのスイッチングも同じように行ってよいのでしょうか。 Gelenberg まず,スイッチングの前に十分な反応が得られない理由を確認しておくことが大切です。 非反応例のなかには処方した薬剤をきちんと指示通りに服用していない場合がかなりみられます。 まして既に何剤もの身体疾患の薬剤を服用している高齢者では,きちんと飲まれていない可能性のほうが高いのではないでしょうか。 この点をきちんと確認し,本当に効果が不十分であればスイッチングを考えます。 ただし,スイッチングにおいてもSSRIであればどれも同じというわけではありません。 半減期やそのほかの薬理学的特徴は各薬剤で異なってきますので,それぞれの特徴を理解したうえで,スイッチングする薬剤を選択することが大切です。 また,ある患者さんでうまくいったスイッチングが別の患者さんでうまくいくとは限らないことも考慮しなければなりません。 例えば,抗うつ薬以外に多数の薬剤を処方されている高齢者では,最初のSSRIではほかの薬剤との薬物相互作用が認められなかったのに,別のSSRIにスイッチングしたことによって薬物相互作用が現れることもあります。 薬剤の処方数と薬物相互作用との関係を調べた試験では,1度に服用する薬剤が6剤になると薬物相互作用の発生率は約70%,12剤ともなるとほぼ100%の患者さんに起こることが報告されています(図)。 1人の患者さんが平均6剤の身体疾患治療薬を服用している高齢者の場合,相当の確率で薬物相互作用を起こす可能性があることを念頭に入れる必要があります。 そのため,薬物相互作用を考慮した薬剤選択という観点は高齢期うつ病では最重要事項です。 そのため,SSRIを処方する際には,そのSSRIがどのチトクロムP450(CYP)の分子種に対して阻害作用をもつかについて必ず確認してください。 SSRIのスイッチングの際に注意すべきとされているセロトニン症候群については,どのような点に気をつければよいでしょうか。 Gelenberg SSRI間のスイッチングでセロトニン症候群が大きな問題になる可能性はそれほど多くはありません。 激しいセロトニン症候群がみられるのはMAO阻害薬とSSRIを同時に服用しているような場合です。 セロトニン症候群の問題よりも,むしろSSRIのスイッチングにおいては,最初に処方したSSRIを突然中止して,いきなり次のSSRIに切り替える方法のほうが好ましくありません。 私は最初に処方しているSSRIの用量を徐々に下げつつ,同時に次のSSRIをゆっくり開始する,cross titrationという方法をとるようにしています。 セルトラリン(商品名:ジェイゾロフトR)は2006年に日本で承認され,現在,精神科だけでなくプライマリ・ケアの先生方でも使用されています。先生のご経験を踏まえ,特に高齢期うつ病治療におけるセルトラリンの有用性についてご意見をお聞かせください。 Gelenberg これまでにセルトラリンは高齢者のうつ病患者さんを対象に多くの検討がなされ,忍容性の高い抗うつ薬であることが評価されています。また,CYPを介する薬物相互作用のリスクが低く,さらに認知能力(cognitive performance)に障害を与える可能性が低い薬剤とされています。 認知症との鑑別が困難な高齢期うつ病の場合,認知能力の低下を来さない抗うつ薬というのはとても有用性が高いと評価できます。 セルトラリンは米国では1990年代から広く使用されていますが忍容性が高いことが認められていますので,SSRIのなかでも高齢期のうつ病治療における第一選択薬として使いやすい薬剤であると思います。 Medical Tribune 2008.2.21 版権 メディカル・トリビューン社 他にもブログがあります。 ふくろう医者の診察室 http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy (一般の方または患者さん向き) 葦の髄から循環器の世界をのぞく http://blog.m3.com/reed/ (循環器科関係の専門的な内容)
by esnoopy
| 2008-04-03 00:43
| メンタルケア
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