糖尿病 (世界の権威に聞く)

Medical Tribune 2008.4.3号には「世界の権威に聞く」という特集記事があります。
きょうは糖尿病研究に関する最新の動向を勉強しました。

C. Ronald Kahn
ハーバード大学教授,ジョスリン糖尿病センター前所長
2000年から2007年までジョスリン糖尿病センター所長。
インスリン受容体チロシンキナーゼを発見。
2型糖尿病や肥満におけるインスリン抵抗性状態のネットワークの変化やこれらシグナルの遺伝的・環境的要因の解明に努める。


日本だけでなく世界的に糖尿病患者数は増加傾向にあり,それに伴う合併症の増加も予想される。
そのため,糖尿病治療の成功は臨床的転帰の改善にとどまらず,社会的・医療経済的にも希求されているのが現状である。
ここでは,糖尿病研究を約40年リードしてきたジョスリン糖尿病センター前所長で,ハーバード大学のC. Ronald Kahn教授に,これからの糖尿病克服の鍵について聞いた。


増加を続ける糖尿病患者
―― 米国における糖尿病患者の現状はいかがでしょうか。
今,私たちは糖尿病,特に 2 型糖尿病の世界的流行に直面しており,これは肥満やメタボリックシンドロームと関連付けられています。

米国では現在,18歳以上の糖尿病患者が2,100万人を数えており,毎年約100万人のペースで増加し続けています。
これは公衆衛生上,非常に憂慮すべき統計学的な数値です。また,小児や若年者においても 2 型糖尿病患者は急速に増加していることも懸念されるところです。

米国の糖尿病患者の増加は多くの要因が複雑に絡み合ってもたらされています。
要因の 1 つは明らかに生活習慣の変化であり,幼児の間でさえ肥満が増大しており,由々しき事態です。

また,米国におけるこのような増加の背景には,他の要因も関与している可能性があります。
例えば,米国のさまざまな民族集団,ヒスパニック系,アフリカ系米国人,アジア系米国人,米国先住民ではいずれも糖尿病リスクが増加しています。


求められるインスリン抵抗性関与のメカニズム解明
―― 肥満,メタボリックシンドローム増加による影響,またアディポサイトカインやインスリン抵抗性といった病理学的原因についてはどのようにお考えですか。
2 型糖尿病発症率の増加は肥満とインスリン抵抗性が複雑に関与しています。

メタボリックシンドロームには 2 型糖尿病,すなわち耐糖能異常だけでなく,脂肪肝,脂質異常症,高トリグリセライド血症,低HDLコレステロールおよびVLDLコレステロール血症などの脂質異常症やアテローム動脈硬化症,高血圧のリスク増大も含まれます。
胆石や女性の生殖障害との関係,さらにはアルツハイマー病といった神経変性疾患との関係など多くの問題が含まれています。
未解決の最重要な課題の 1 つは,こうした症候群の根本原因の解明です。

確かにメタボリックシンドロームの基盤にはインスリン抵抗性がありますが,いまだこの原因は明らかにされていません。
脂肪細胞は多くのアディポカインを分泌し,腫瘍壊死因子(TNF)αなどのインスリン抵抗性を高めるものもあります。

ここで,日本の門脇教授らはアディポネクチン受容体を発見したことでもよく知られていますが,そのアディポネクチンなどインスリン感受性を高めるものとインスリン抵抗性を高めるものの関係を理解する必要があるのです。
しかし,これらが直接的な原因なのか,あるいは病態のマーカーであるのかは未解決のまま残されています。
また,非常に興味ある分野の 1 つに炎症と脂肪組織内の炎症細胞が挙げられます。
インスリン抵抗性と肥満を発現する場合,リンパ球と単球が脂肪組織に侵入してリンホカインを放出し,脂肪細胞がアディポカインを放出し,これらが一緒になるとインスリン抵抗性を高める可能性があります。


―― 糖尿病治療において,インスリン抵抗性改善薬と,米国で最近普及してきたGLP-1,DPP-4阻害薬はどう位置付けたらよいのでしょうか。
疾患の多くはインスリン抵抗性を基盤とするため,インスリン感受性を改善する薬剤は治療上基本となります。
メトホルミン,チアゾリジンジオン誘導体(ロシグリタゾン,ピオグリタゾン)などが挙げられますが,これらはすべての患者で,また糖尿病の全期間にわたって効果的というわけではありません。

そのため,新しいインスリン感受性改善薬を探求し続ける必要性があります。
例えば,サーチュインと呼ばれる蛋白質ファミリーを活性化する可能性を有する新薬の開発が注目を集めています。
これらの蛋白質は多くの代謝経路を制御しており,その活性が増強するときにインスリン感受性を改善する可能性があり,現在,製薬会社の数社がこの分野の研究・開発に取り組んでいます。

当然ながら,糖尿病の究極の原因となるのはなんらかのβ細胞不全であるためスルホニル尿素薬が用いられてきましたが,現在ではGLP-1やexenatide,DPP-4阻害薬と呼ばれるGLP-1プロテアーゼ阻害薬による新たな治療薬が開発されており,これらはインスリン分泌を改善するうえで非常に効果的だと思います。

問題はGLP-1とexenatideの剤形が依然として注射剤であることです。
経口剤であるDPP-4阻害薬は注射剤と同程度の体重減少はもたらしません。
今後,こうした分野でのよりいっそうの研究が続けられることを期待しています。


治療よりも予防を目指して
―― 糖尿病研究をリードしてきた立場から,今後の糖尿病治療・研究の方向性をお示しください。
過体重は,将来的には日本でも問題となると予測されます。
将来のために私たちが行うべきことの 1 つは,環境が自分の身体に及ぼす影響を制御する方法を見出すことです。
糖尿病や肥満をもたらす環境的な刺激は,われわれが考える以上に複雑化します。
米ワシントン大学のJeffrey Gordon博士の研究所から発表された興味深い新しい研究分野があり,彼は肥満の人の腸内細菌がやせた人とは異なることを見出しました。
やせたマウスから腸内細菌を抽出して肥満マウスに注入すると,肥満マウスはやせ,またその逆の現象も起こることを発見したのです。
そのため,例えば,私たちが食べる量以外にも相違をもたらす多くの要素が存在する可能性があることを示しています。
未知の環境的要素があるかもしれません。
ですから,私たちは,インスリン作用や分泌の基本的なメカニズムだけでなく,糖尿病に関与している他の環境的因子の存在やそれらを変化させられるかという研究に取り組む必要があります。

また,自己免疫型であり,2 型糖尿病よりも発症頻度がまれな 1 型糖尿病の問題もあります。免疫系は 1 型および 2 型糖尿病双方に影響を及ぼすと考えられますし,これら 2 つのタイプの糖尿病に影響する将来的な共通の研究分野です。

最後に,私にとって糖尿病の最も重要な面は治療ではなく予防です。
糖尿病専門医の数が非常に不足しており,さらに栄養学や運動のスペシャリストも不足しているのが現状です。
今後,集学的な糖尿病予防研究に力を注ぎ,予防策を見出さなければならないでしょう。

Comment
基礎・臨床両面からの解明に鍵
日本独自のエビデンス集積に期待

東京大学大学院糖尿病・代謝内科教授 門脇 孝
日本の糖尿病の現状は,2002年の糖尿病実態調査から患者数740万人,予備軍880万人と報告されており,最近の統計では40歳以上の実に 3 人に1 人が糖尿病または予備軍であるという驚くべき結果が示されています。
日本人は欧米人に比べてインスリン分泌量が 2 分の 1 であるにもかかわらず,高脂肪食,運動不足といった欧米型の生活習慣が浸透したことがこの背景に挙げられます。
米国ではbody mass index(BMI)30以上が成人人口の約 3 分の 1 以上を占めるのに対し,日本ではわずか 4 %前後です。しかし,インスリン分泌低下の体質のため,わが国ではBMI 25程度であっても米国のBMI 30以上と同程度の糖尿病リスクを有する点に注意を払う必要があります。
こうした糖尿病・肥満患者の激増や,2005年 4 月の内科学会を中心とした 8 学会によるメタボリックシンドロームの診断基準の策定を契機に,わが国でも肥満や内臓脂肪蓄積を背景とした糖尿病・心血管イベントリスクを増加させる疾患への認識が高まり,基礎研究からの解明が強く求められています。
なかでも,膵β細胞からのインスリン分泌およびインスリン抵抗性に対するβ細胞の代償性過形成メカニズムの解明や,アディポカインに関する研究は世界でも注目を集める成果を得ています。
今後,内臓脂肪特異的なアディポカインやインスリン抵抗性だけでなくインスリン分泌不全を惹起するアディポカインの同定などが,メタボリックシンドロームや糖尿病の発症機序を考えるうえで重要となる可能性があります。

臨床的な面からは次の 3 点に注目しています。
まず,今年 4 月には,メタボリックシンドロームに焦点を当てた特定健診・保健指導制度が開始されます。
生活習慣病の予防対策として世界に誇れる取り組みとなることに期待しています。
次は,GLP-1やDPP4阻害薬などの臨床導入です。
これらの薬剤は糖尿病治療改善に大きく貢献すると思われます。
最後に,HbA1c,血圧,LDLコレステロール値などの治療目標達成の改善です。
厚生労働省が2005年度に開始したJ-DOIT3研究は糖尿病合併症の進展を30%抑制する介入方法を研究しており,わが国の糖尿病治療のエビデンスが示せることにおおいに期待しています。

http://mtpro.medical-tribune.co.jp/article/view?perpage=1&order=1&page=0&id=M41140991&year=2008

出典 Medical Tribune 2008.4.3
版権 メディカル・トリビューン社


<参考サイト>
J-DOIT3
Japan Diabetes Optimal Integrated Treatment Study for 3 Major Risk Factors of Cardiovascular Diseases
2型糖尿病において,血糖,血圧,脂質代謝治療のうち糖尿病合併症予防の点で優れた治療法は何であるかを検討。
http://www.ebm-library.jp/circ/doc_japan/J0054.html

<コメント>
文中の「これらが直接的な原因なのか,あるいは病態のマーカーであるのか・・・」。
まさしく本質的な提言と思います。
たとえば動脈硬化と種々の脂質が相関するからといって直接な因果関係、つまり高脂血症が真の動脈硬化の原因ではない(サロゲートマーカー)のではないかと、ふと思ってしまうことが私の心の奥底にはあります。
先生方はいかがでしょうか。

他にもブログがあります。
ふくろう医者の診察室 http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy
(一般の方または患者さん向き)
葦の髄から循環器の世界をのぞく http://blog.m3.com/reed/
(循環器科関係の専門的な内容)
[PR]
by esnoopy | 2008-04-15 00:14 | 糖尿病
<< 麻疹 その1(1/4) 脳梗塞2次予防にみる最新の動向 >>