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アルツハイマー病 (世界の権威に聞く)

Medical Tribune誌の"世界の権威に聞く"という特集号で、Michael W. Weiner先生へのインタビューで勉強しました。

Michael W. Weiner
カリフォルニア大学サンフランシスコ校放射線科学および精神科,神経内科教授,サンフランシスコ在郷軍人病院神経変性疾患画像センター長
ジョンズホプキンス大学(BA)卒業。スタンフォード大学にてNMRの研究に取り組み,1980年に生存動物体内臓器の代謝の観察に成功。その後MRIを心臓や脳に応用。現在は軽度認知異常(MCI),認知症,アルツハイマー病など神経変性疾患における画像による病態解明や診断の第一人者。


人口の高齢化に伴いアルツハイマー病(AD)の患者数は世界的に増加している。
病態の解明は進みつつあるが,根本的な治療法確立への道のりはまだ遠い。
新薬開発のトップを行く米国では,画像診断を中心とする大規模臨床研究が2004年に始まった。
その責任者であるカリフォルニア大学サンフランシスコ校のMichael W. Weiner教授にAD克服のポイントについて聞いた。


認知障害がないAD動物モデル
ADの病態はどこまで解明されていますか。
ADは,脳の神経細胞外にβアミロイド蛋白(Aβ)が蓄積した老人斑と,神経細胞内にタウ蛋白が糸くず状に蓄積した神経原線維変化が関与して,多くの神経細胞の死を引き起こし,認知機能障害を示す疾患です。
壮年期発症や高齢発症に関与する遺伝子が発見されていますが,なぜ一部の人だけに発症するかはまだわかっていません。
危険因子としては,幼小児期の脳の強打や脳震とう,低学歴,加齢,低精神的・社会的活動性のほか,運動不足,糖尿病,高血圧,高コレステロール血症などが挙げられます。
脳卒中を起こした人もADリスクが高いのですが,これらの危険因子がいかにAD発症に関与するのか,そのメカニズムは明らかではありません。 
多くの研究者は,ADの主要原因はAβで,その産生抑制や,蓄積したアミロイドの分解によって疾患の改善が可能と考えており,それらを標的とした新薬の開発が行われています。

ADの動物モデルはヒトのAD病態解明や治療法開発にどの程度役立っていますか。
ADマウスの存在によって病態の解明は進み,神経細胞のなかのアミロイド前駆体蛋白(APP)がβセクレターゼとγセクレターゼという蛋白分解酵素によって切断されAβが産生されるメカニズムがわかりました。
しかし,マウスではAβの蓄積は生じますが,神経細胞の変性は起こらず,Aβの蓄積がどのように神経細胞死を起こすか,そのメカニズムはわかっていません。

ヒトのADはAβの蓄積開始から20年近い年月を経て認知障害が発現し重症化しますが,マウスの寿命は短いため同様の病態は得られず,またマウスでの認知障害の計測はきわめて困難です。

同様に治療薬の開発でも,Aβの産生抑制や分解についてはマウスで実験可能ですが,その認知障害に対する影響を知ることはできません。

つまり,動物モデルは有用ですが十分とは言えません。

AD治療薬の開発はどの程度進んでいますか。
現在開発が進められているAD治療薬は大きく 3分類されます。
第 1 はAβの産生抑制を狙ったもので,βセクレターゼ阻害薬とγセクレターゼ阻害薬です。
第 2 は免疫療法,つまりAβプラークを特異抗体を用いて分解するもので,数種類がフェーズ I,II の段階です。
第 3 はAβ以外を標的とするものです。
いずれも副作用や効果判定の難しさもあり,それらの薬剤が臨床的に有用かが判明するには 5 年くらいかかるのではないでしょうか。

イメージング(画像)とバイオマーカーは診断と治療法の確立に不可欠
イメージングは新薬開発に役立ちますか。
脳は堅強な骨に包まれているため内部は容易に見られず,またADの臨床症状は患者のその日の精神や身体状況によって大きなばらつきが見られます。
他疾患に比べ病状の進行が長期にわたり,病状の進行状況も個人差が大きいなどの理由から,薬剤の有効性を判定するのは非常に難しいとされています。
このため,
ADの進行状況や薬剤の有効性を客観的に評価できる画像やバイオマーカーの標準を確立することは,とても意味があることなのです。
また画像は早期診断や進行度評価の標準化にも役立ち,さらによりよい臨床試験の開発にもつながります。

こうしたことから,われわれは画像やバイオマーカーによる客観的評価がADの診断と治療,また新薬開発に不可欠と考え,大規模な観察研究
ADNI(Alzheimer's disease Neuroimaging Initiative) を計画・実行しています。

ADNIとは具体的にどのようなものですか。
ADNIは米国立衛生研究所(NIH)から4,000万ドルとアルツハイマー協会や製薬企業からの協賛金併せて総額6,700万ドル(約74億円)の予算で,2004年10月にスタートしました。
米国内の50施設で,55~90歳の軽度AD患者200人,軽度認知障害(MCI)患者400人,正常者200人を対象とし,半年ごとに記憶テストや面接などによる臨床症状の評価,MRI,FDG-PETなどの画像検査,血液・尿検査,症例によっては脳脊髄液検査,PIB-PET(Aβの画像検査;図)を 2 ~3 年間にわたって行うものです。
2007年 9 月には全被験者登録が終了し,2009?10年に全試験が完了の予定です。

被験者登録の終了時点で,既に興味深い傾向が見られています。平均年齢は各群とも約75歳ですが,男性の割合はMCI 群65%,AD群53%,対照群52%で,MCI群での男性の比率が高いのです。
また高校卒業後の教育年数は対照群の 4 年に対し,AD群では 2 年で,やはりADの危険因子となっていたのです。
 
これらの研究の終了後にはMCIからADへの変換率,MRIによる各群の脳全体,海馬,大脳皮質などの量的変化率,各種バイオマーカーの変化率,PETによるグルコース代謝やAβ蓄積の各部位における変化などを知ることができるでしょう。
これらのデータに基づき臨床試験方法の改善や臨床試験結果の信頼性の向上が期待されます。
 
ADNIは,日本,オーストラリア,欧州でも同様の試験が開始されています。
これらすべての研究により,今後ますます早期診断や新治療法の開発などが飛躍的に進むことが期待されます。


Comment
画像や体液で治療法開発へ
東京大学大学院神経病理学分野教授 岩坪 威
高齢化社会の本格化に伴い,ADの予防・治療の必要性が世界的に高まる一方で,ADの病態解明が飛躍的に進み,アミロイドワクチン療法,セクレターゼ阻害薬などの根本的治療法が開発され,欧米では既に臨床試験も開始され始めています。
根本治療薬の有効性を確実に評価し,速やかに実用化するには,
(1)従来の症候改善薬の治験で用いられてきた認知機能検査や行動観察結果に基づいた方法は,結果に大きなばらつきを生じ,効果判定が不確実
(2)初期の患者,すなわち軽度認知障害(MCI)や軽症ADは進行が緩徐であるため,従来方式の治験は巨大な規模と長い観察期間,莫大な治験費用が必要
(3)根本治療薬の効果判定には,疾患(病態)の本質過程に直結したサロゲートマーカーが不可欠
―などの問題の解決が必須です。
 
この目的で,ADに進行する率の高い健忘型軽度認知障害(amnestic MCI),軽症AD,健常者総計800人について,MRIによる精密な脳容積測定,PETによる脳糖代謝画像,βアミロイドイメージングなどの画像マーカーと,脳脊髄液,血液などの体液生化学マーカーを経時的に検索し,そこに臨床・神経心理学評価を組み合わせてADの発症・進行モニター法を策定しようとする大規模縦断臨床観察研究としてADNIが開始されました。
ADNIはWeiner教授の先駆的なアイデアが,故・Leon Thal教授により築き上げられた米国AD臨床試験の全国ネットワーク組織ADCSとClifford Jack教授らメイヨー・クリニックの神経放射線グループ,Arthur Toga教授率いるUCLAのLAβoratory of Neuroimagingデータベースなどの強力な支援により結実したものです。
わが国でもADNIプロトコルに沿った全国臨床研究J-ADNIが立ち上がり,総計600人の被験者募集が2008年初頭から開始されたところで,欧州,オーストラリアでも同様の動きがあります。世界的に見ても,今後のAD臨床研究と根治薬の治験はADNIの成果を基盤に展開することは確実であり,ADの制圧に向けて,確実な道筋が開かれつつあるものと言えます。
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/article/view?perpage=1&order=1&page=0&id=M41141161&year=2008
出典 Medical Tribune 2008.4.3
版権 メディカル・トリビューン社


<参考サイト>
アリセプト(塩酸ドネペジル)
http://3.csx.jp/kenta_k/drugs/020ariseputo.html

アリセプト(塩酸ドネペジル)
http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1190012.html
認知症の進行度が中程度までなら20~30%ぐらいの有効率があるとされ、症状を数カ月~1年ほど前の状態まで回復できます。ただし、対症療法薬ですので、病気そのものの進行を遅らせることはできません。薬を飲むのをやめれば飲まなかったときと同じレベルまで急速に悪化することがあります。(中止により急速に悪化というかなり恫喝的な表現が用いられています。)

河野和彦先生の、医療講演
http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/Kouno0228.shtml
(アリセプト3mgは消化器症状などの副作用チェックのための用量であり、効果のない量ということになっています。以前から薬価がついていることに疑問を持っていました。一体アリセプト3mgは薬剤なのか薬剤でないのかどちらなんでしょうか。)

痴ほう症新薬、過剰期待は禁物
http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/AriceptAsahi991124.html
しかしその効果の発現は2~3割程度で、進行を遅らせる効果は1年弱程度といわれています。すなわち、症状を1年程前の状態に改善し進行を遅らせるのですが、脳の萎縮そのものを抑制する薬ではないので、やがて重症化するのです。また、効果の発現は2~3割程度ですから、効果が発現するかどうかは何とも言えません。
(個人的にはアリセプトとの著効例は残念ながら経験していません。
中止にて、アリセプトによると思われる興奮などが改善する例は多く経験しています。先生方はいかがでしょうか。また進行を遅らせるといわれてもなかなか実感できるものでもありません。)

あきらめないで痴呆治療
http://www.junposha.co.jp/guide/3fuk/etc/aki.htm
(同じく河野先生の著作の紹介です)
私の経験では半年飲めば約6割の方が一時的にせよ症状が改善するのです。
学会でも多施設から報告があり、改善率はやはり六割を越します。
さらに、外見上改善していない患者も脳内では進行抑制をしているらしく、アリセプトを飲んだことのない患者とは差がつくとのことです。

(ちょっと私のアリセプトに対する印象とは異なるようです)

トラミプロセート
http://www.inetmie.or.jp/~kasamie/Toramipuroseto.shtml
(70%ほどの患者で進行が抑えられたという触れ込みですが実際は?)

他にもブログがあります。
ふくろう医者の診察室 http://blogs.yahoo.co.jp/ewsnoopy
(一般の方または患者さん向き)
葦の髄から循環器の世界をのぞく http://blog.m3.com/reed/
(循環器科関係の専門的な内容)
by esnoopy | 2008-04-23 00:05 | 認知症
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